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静岡家庭裁判所 昭和34年(家イ)106号 審判 1960年9月27日

〔解説〕本件事例には以下に述べる二つの問題点がある。

問題点の第一は、当事者が調停期日に出頭しない、いわゆる隔地者間の調停事件における調停の成否についてである。調停は、調停委員会が、調停委員会において成立した当事者双方の合意を相当と認め、調書に記載することにより成立するのであるから、隔地者間において実質上当事者双方の意思の合致があつたとしても、期日における合意の成立とは認められないから、調停を成立さすことのできないことは異論がなかろう。ただ問題は、この場合、代理が認められないかどうかである。この点につき、身分行為は代理に親しまないが、すでに実質上当事者双方の意思の合致がある以上、当事者に代つて期日に出頭した者を民法上の使者として調停を成立さすことはできるとの見解と、手続につき使者代理は認められないとの見解がある。本件において、調停が成立する見込みがないとして、家事審判法第二十四条第一項の審判がなされたのは、後者の見解に基づくものか、使者として認めるべき者が、おらなかつたのか、明らかでない。

問題点の第二は、離婚とともにこれにともなう親権者もしくは監護者の指定(または財産分与)の調停が行なわれ、調停成立の見込みがない場合、家事審判法第二十四条第一項により、離婚の審判と同時に親権者の指定などのこれら乙類審判事項についても、一括して同条の審判をすることができるかどうかについてである。この点については、離婚にともなう親権者の指定もしくは監護者の指定(または財産分与)は、本来乙類審判をすべき事件であるから、調停成立の見込みのない場合にも同条第二項により、同条第一項による審判をすることは許されない。この場合これら乙類審判事項に関する部分のみは、家事審判法第二十六条により当然審判手続に移行するとの見解(注1)と、離婚にともなう親権者の指定などのこれら乙類審判事項は、本来離婚と同時に行なわれるべきものであり、とくに裁判離婚の場合、裁判所は職権により離婚と同時に親権者の指定を行なうべきものと定められている法意に照らすと、家事審判法第二十四条第一項により離婚の審判を行なう場合は、同時に親権者の指定を行なうべきである(注2)。また、監護者の指定(または財産分与)は、申立によりなされる点において、親権者の指定とはいささか趣を異にするが、これも離婚と密接不離の関係にある事項であるから、同条による離婚の審判と同時に行なうことができるとの見解がある。

以上の問題点は、実務の取扱いが必ずしも統一されておらず、今後の判例の動きに注目したい。

注1 青森家昭三四・一・二八審判家裁月報一一巻四号一三三頁

注2 大阪家事部昭三三・二・二五決議同昭三五・一〇・一〇決議参照

申立人 大木幸二(仮名

相手方 大木昌子(仮名)

主文

申立人と相手方を離婚する。

当事者間の長女久子(昭和二五年一一月○日生)の親権者及び監護者を申立人に定める。

理由

本件申立実情の要旨は、申立人と相手方とは昭和二一年一〇月九日結婚事実上の夫婦生活に入り、昭和二三年三月○日婚姻届出(申立人は初婚、相手方は再婚)をなし、当事者間に昭和二二年一一月○○日長男一夫(昭和二八年八月○○日死亡)及び昭和二五年一一月○日長女久子が夫々出生した。かくて家族は当事者双方及びその子久子、相手方と先夫正夫(死亡)との間の子花子(昭和一九年六月○日生)と相手方の先夫の母大木セイの五人を家族とする生活体として、申立人は農業の傍ら余暇に土工として働き一家の生活を支えて来たものであり、夫婦仲もほぼ円満であつたが、生活難から相手方も近在に土工として働きに出るに至つた。相手方は、偶、申立人が岩国市○○に出稼ぎに行つていて不在中の昭和三四年七月一二日頃無断で前記子女を置き去り、家財道具衣類及び申立人の頼母子講の掛金三〇、〇〇〇円までも持つて、かねて関係を結んでいた朝鮮人松井三郎と共に出奔し、行方を晦ましてしまつた。しかしながら申立人は、相手方がその非を反省悔悟し家庭に復帰すべきことを念じ、八方所在を搜し求めた結果、相手方は静岡県安倍郡梅ケ島村○○、秋山正夫方において前記松井三郎と同棲していることを知り、手紙により相手方に対し、家庭に帰来すべきことを勧めたが相手方はこれに応ずる気配さえ示さず、松井三郎と別れる意思もないのである。かかる相手方が不貞行為により婚姻を継続し難いので離婚を求め、あわせて当事者間の長女久子の親権者を申立人に定めるとの調停を求めるというのである。

本件調停の経過を見るに相手方は居所を転々し、所在不明であつたため、当裁判所調査官の事前調査のための呼出、第一、二回調停期日の呼出に対し、いづれも出頭しなかつたがその後所在調査の結果肩書住所に居住することが判明したのであるが、当裁判所への出頭は期待されなかつたので第三回調停期日は相手方の肩書住所地において開き相手方を審問し得たが、一方申立人も又遠隔の地に居住し、経済的にも苦境にありその上病弱(肺結核、身体障害者)で第一、二、三回各調停期日に当裁判所へ出頭しない状況にあり、関係人又申立人の住所地近在に居住するため、申立人及び証人等の審問は山口家庭裁判所岩国支部に臨んで施行した。

以上の経過により本件調停はついに成立の余地は認められなかつた。

しかしながら、申立人及び相手方各審問の結果、証人津川信(相手方の実兄)同大木セイ(相手方先夫正夫の実母)の証言、申立書添付の戸籍謄本、申立人及び相手方作成名義の当裁判所宛の各書面の記載を綜合すれば、実情は申立人の申立てるとおりであり、相手方自身も現在前記朝鮮人松井三郎と同棲し、事実上の夫婦生活をなしており、松井とは将来も生活をともにし、申立人とは夫婦生活を継続する意思はなく、むしろ現在の生活が申立人との夫婦生活より物心両面で安定している旨陳述しており、各証人の証言によるも同様事実が認められる外、却つて申立人と相手方との婚姻生活は既に愛情経済両面において決定的な破綻がおとづれ双方とも、もはや離婚のほかないとの考えをいだくに至つていることがうかがわれる。

申立人は頭初本件申立に際しては、双方が円満であつた頃の生活、双方間に長女久子がいること等を考慮し、相手方が真実悔悟し、申立人の許に帰来する限りこれを迎え入れて円満な家庭生活の再出発をなすべく夫婦の同居を求めたのであるが、前記のとおりの相手方の態度により最早これ以上相手方と婚姻関係を継続しても将来の見込みがないと考え、離婚を決意するに至つた心境のものであることが認められる。

本件のような場合調停が成立しないものとして本件を終了させ、あらためて離婚訴訟により解決させるのが至当のようでもあるが、当裁判所は前記認定のとおり、本件当事者間の婚姻関係は最早破綻し、実質を失つて、たんに形式だけのものであり、このままの状態を続けたとしても双方の現在及び将来に好ましい結果を来すものとは到底予見できないし、双方に婚姻を継続する意思が少しも認められないこと等を考慮し、また親権者及び看護者の指定の点については相手方も引取り監護を欲するかに見えるが、長女久子は生後今日に至るまで、申立人の愛情によつて監護教育を受けて順調に成長してきたのであるから久子の現在及び将来を考え、その他本件に現われた一切の事情を斟酌し、当事者双方のため衡平に考慮した結果、申立人と相手方とを離婚させ久子の親権者及び監護者についてもやはり申立人を指定するのが相当であると認める。

よつて、家事審判法第二四条を適用して主文のとおり審判する。

(家事審判官 三関幸太郎)

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